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2008/12/09 (Tue) 09:02
2年間の総括

俺は今年、かなりの確率で受かるつもりでいた。12月5日の9時59分くらいまでそう思っていた。

受かったら診断士学習などの無料セミナー、個別相談などをやりたいと思っていた。なので、その案内文の草案を作っていた。

昨日、人生で一番辛い日となった初出勤の忙しい中、その草案を見てみた。


・・・あまりの思い上がった内容、文章表現に愕然とした。

もし昨日の俺が、どこかの合格者に襟首掴まれて

「お前の落ちた原因なんかどうでもいい!俺が言ってることが正しいんだからこの通りにしろ!」

と言われたら、何て思うだろうか。俺は何てものを世の中に発信しようとしていたんだう。。。恐ろしくなった。

昨日は仕事が忙しく、帰りも遅かったのだが、家に帰って妻の顔を見て、ようやくホッとした。ようやく飯も多少食えるようになった。ようやく眠れるようにもなった。多少落ち着いてきた。

今日出社して、また改めてその草案を見てみたら、そこまでは思わなかった。逆にこの内容で、この表現・論調だったら、少し見てみたいと思えるのかな、とも思った。


同じ人間が、たった1日でこの違いだ。本当に言葉って恐ろしいと思った。そして、人の気持ちはゼッタイに分からない、と思った。

分からないからこそ、その人の気持ちを慮り、謙虚に、傾聴する必要がある。
自分は、メッセージを発したい人間である。でもメッセージは、相手がどう受け取るか分からない。その時の気持ちによっても、受け取り方は全然違うだろう。

どれだけ配慮しようと、人に対して、自分が思っているとおりに伝えられる保証はどこにもない。だとしても、いやだからこそ、言葉やメッセージを発する際は届く相手のこと、届けたい相手のことを本当に慮って発信しようと思った。



不合格は結果でしかない。どうもこうもない。今週には不合格の結果がフィードバックされるが、別に人にさらすものでもない。AABAかもしれないし、CCDBかもしれない。それは結果を受けて、自分自身が分析していくものだ。

一方、自分にはまた強みができた。

今回も不合格だったが、自分はいずれ合格したら、やはり診断士受験の学習指導をしたいと思っている。

その時に自分は、

1年目で受かるためにはどうすればいいか
2年目で受かるためにはどうすればいいか
3年目で受かるためにはどうすればいいか

自分の言葉で語れるのだから。もちろん、3年目も落ちて4年目で受かれば、

4年目で受かるためにはどうすればいいか

という項目も追加されるが(笑)

でも、できれば3年目で合格できるといいなぁ~(願望)

自分はすぐ調子に乗る人間である。だから戒めのためにも、その草案は、実際に自分がそういった活動を実際に開始できる時まで、ゴミ箱にポイしないでとっておこうと思った。


一方、この数日で、ありえないほどの情報(メッセージ)を処理した。寝ようとしても、ず~~~っと受け取ったメッセージのことがアタマに浮かんで眠れなかった。だから眠れなかったのか。

その中で、本当~~~~~~~にたくさんの人から暖かい言葉をいただいた。
その殆どが、心が温まるものだった。

がしかし、中には【正論=一般論】で、殆ど心に響かないものもあった。


ようやく炎のT講師が言っていたことが肌身で分かった。


「正論って、人の心に響かないんだな。」


ちなみに届くかどうかは、本当にその人のために、その人のためだけを想って伝えた言葉であるかどうか、だと想う。

これは、文章表現がどうとか、短文だとか長文だとかは関係ない。あくまでも、その言葉に、想いが詰まっているかどうか。

ちなみにこれは、診断士試験だけのことじゃない。

今年俺は、878番目だったかもしれない。採点者のその時の気分で、ちょろっと1点か2点多く付けていれば、受かっていたかもしれない。


それはどうでもいいこと。結果は不合格。
でも俺は診断士になりたい。
だから、受かるまで続ける。自分なりの答えを探し続けながら。
それだけのこと。


そうではなく、今後の人生において、

「正論って、人の心に響かないんだな。」

ってことが肌身で分かったことが、貴重な経験だった。


資格は取らないと意味がない。勝てば官軍、負ければ賊軍、合格者が神。

それは一面の真理。否定しようがない。それが事実。正論。


でも、小生もようやく過程(プロセス)も大事なんだと思えるようになった。


今までは、自分は診断士試験に受からないと何の価値もない、何の活動もできないと少なからず想っていたが、どうやらそうでもないようだ。

「この資格の取得自体は、自己満足以外ないのですが、勉強の中身が生きるものだと思います。」

と言ってきてくれた診断士がいる。今の自分には、じっくり染みた。

また、それだけでなく自分が必死になって勉強する中で、色々な人が応援してくれたり共に支えあってくれたりして、少なくとも生きる価値がない人間でもなさそうだ、ってことも分かった。なら毎日がんばって生きてみよう。ってゆうか、自分の道を少しずつ着実に進んでいこう、と想った。






自分は、物書きを一生の仕事にしたいと想っている。経営コンサルティングもやりたい。カウンセリングもやりたい。コーチングもやりたい。会社も起こしたい。


それは全て、中小企業診断士にならないとできないと想っていた。

でも、そうでもなさそうだ。中小企業診断士になったとしても、需要がなければ供給できないだろう。

そうではなくて、メッセージを発信する仕事は、メッセージを発する資格(資格試験に限定した意味ではない)・人格・人間力が備わったときに、おのずと道が開かれてくるのだと想う。






何かこんなこと書いていると、「診断士試験やめるのか!?」とも想われそうですが、それはありません。

「受かるべきときに受かる。」って言ってますが、やはり3年目で合格したいです。そのための努力をします。

でも今年までのような、

【何もかもを犠牲にするような異常に過剰な努力】

ではなく、

【正しい努力】

をしたいと想っています。


今月はその基盤整備です。今月は一切勉強しません。仕事も忙しいし、それどころじゃない。


ただ、年が明けたら、再々度資格取得に向けて歩き出せるように、その準備だけは着実に進めたいと思います。



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コメント

異常な努力も

時には必要だと思います。
自分は、逆にそれが足りなかった気がしています。
ジャニさんは昨年・今年の異常な努力をしたことで
「ここまでできるんだ」という自信を手に入れたのだと思います。

次は、おっしゃるとおり正しい努力なんでしょうね。

自分は、今年、更に自分を律しながら、ポジティブマインドで最後まで駆け抜け、合格を手にしたいと思います。

お互い、自分、自分なりに磨きつつがんばりましょう。

madさん

ようやく諸々のことに対して、少しずつ対処の目処がついてきました。

お互い、止むことなく自分磨きを続けていきましょう。


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